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日本のデザインアーカイブの実態調査

どうなっているの?この人たちのデザインアーカイブ

DESIGN ARCHIVE

内田 繁

インテリアデザイナー

 

インタビュー:2016年6月13日(月)11:00〜12:00
取材場所:内田デザイン研究所
インタビュアー:関康子 浦川愛亜
取材先:内田 繁さん、長谷部 匡さん(副所長)、佐賀麗菜さん
インタビュアー:関 康子、浦川愛亜/ライティング:浦川愛亜

PROFILE

プロフィール

インテリアデザイナー
1943年神奈川県生まれ。
1966年桑沢デザイン研究所卒業。
1970年内田デザイン事務所設立。
1981年スタジオ80設立。
2002年内田デザイン事務所から、内田デザイン研究所に社名変更。所長として現在に至る。

内田繁

Description

説明

商業・住空間、家具、工業デザイン、地域開発など幅広い活動を国内外で展開。常に時代性を見据えながらデザイン界の中心で活動し、デザインの本質を真摯に追求し続けている。
次々に新星が現われた60年代後半の日本のインテリアデザイン界において、岩淵活輝、境沢孝、倉俣史朗に続く旗手として内田が登場した。日本のファッションデザイナーが台頭した70年代には、インテリアデザイナーらも自身のデザイン空間を世界に発信。内田は「Yohji Yamamoto」のブティック一連を手がけ、精神性が深く根差した「現代の日本的な空間」と国内外から高い評価を受けた。
ポストモダンの概念が隆盛した80年代には、レストランやバー、ホテル、ショップなど、多彩な空間を手がけた。この時代の代表作のひとつが、イタリア人建築家アルド・ロッシとの福岡の「ホテル イル・パラッツォ」。空間デザインは国際的に活躍する多彩なデザイナーと協働し、「デザイナーズ・ホテル」の先駆けとも言われ、世界中から注目された。90年代には、折り畳み式の茶室「受庵・想庵・行庵」を発表。欧州の美術館でも巡回展を行い、世界に日本の伝統美を伝えた。「行庵」は、英国のコンラン財団にパーマネントコレクションに選定された。
21世紀を迎えた2001年以降、20世紀の強さの時代に対して「ウィーク・モダニティ(弱さという感覚世界のデザイン)」を提唱。卵型のやわらかな光が印象的な照明「ウォーボ」や、想像上の動物をイメージした椅子「ムー」をデザイン。2009年ニューヨークで展覧会「ぼやけたもの、霞んだもの、透けたもの、ゆらいだもの」を開催し、そのテーマの言葉の中に現代の人間が本質的につながることのできる何かがあると考える。著書も数多く出版し、自身が現場で見て、肌で感じ取ってきた出来事を書き印している。母校の桑沢デザイン研究所の所長を2008年から2011年まで務めた。

Masterpiece

代表作

<インテリア>

Yohji Yamamoto、科学万博つくば'85政府館(1986)
ホテル イル・パラッツォ、青山見本帖(1989)
神戸ファッション美術館(1997)
オリエンタルホテル広島(2006)
ザ・ゲートホテル雷門 by HULIC(2012)

<プロダクト>

椅子 September(1977)
時計「ディア・モリス」(1989)
茶室「受庵 想庵 行庵」(1993)
ロビーファーニチャー インテリアスケープ(2003)
照明器具 ウォーボ(2004)
スツール ムー(2005)

<書籍>

『椅子の時代』(1988・光文社)
『都市を触発する建築 ホテル イル・パラッツォ』(1990・六耀社)
『インテリアと日本人』(2000・晶文社)
『茶室とインテリア』(2004・工作舎)
『普通のデザイン』(2007・工作舎)
『戦後日本デザイン史』(2011・みすず書房)

内田繁作品

Interview

インタビュー

アーカイブの内容と保管先

 日本の戦後のデザイン界をつくってこられてきた方々がご高齢になられ、中にはお亡くなりになっている方もいます。みなさんが今、デザインアーカイブ、デザインの足跡というものをどのように保存されていて、将来、どのように残していこうと考えられているのかということをインタビューさせていただいて、記録として残していきたいと考えております。

 

内田 それはいいことですね。

 

 今日はぜひ、戦後のデザイン界を牽引されたおひとりである内田さんが、ご自身のアーカイブをどのように保管されていらっしゃるのか、また今後、それをどうされていくのかということについてお考えを伺えればと思っております。内田さんは膨大な量のデザインアーカイブをお持ちだと思いますが、今はどこかに保管されていらっしゃいますか?

 

長谷部 八王子に倉庫がありまして、そこに保管しています。代表作は、香港のM+に買い取っていただきました。

 

 完成された作品ももちろんですが、そこに至るまでのアイディアスケッチや図面など、作品の背景にあるいろいろな資料があると思うのですが、その辺りのものはどのようになっていますか?

 

長谷部 模型は一部しかとっていなくて、スタディ(試作)はありません。デザインリソースのための材料のサンプルのようなものもありません。アイディアスケッチやドローイング、版画は、主なものはあります。

 

 写真はいかがですか?

 

長谷部 写真は全作品あります。デジタルとスライドと両方あって、一部はデジタルに変換しています。70年代前半までのスライドは、かなり変色してきていますね。70年代後半以降のものは大丈夫かと思います。

 

 内田さんは本もたくさん執筆されていますが、本や雑誌、あるいは直筆の原稿、テキストデータなどは保管されていますか?

 

長谷部 本や雑誌のほとんどは、事務所の本棚にあります。直筆の原稿はありますが、昔のテキストデータはほとんど残っていません。最近のテキストデータはあると思います。

 

 

今後の資料の公開に対する考え

 

 それらのアーカイブは保管し続けていくだけですか? それとも今後、それを一般の方に公開したいと考えられていますか?

 

内田 今の状況は、中間の対策で、結論ではありません。最終的には、いろいろな人が見てくれるようなものにしたいと考えています。アーカイブをまとめて保管するようなところが日本にあれば、そこに寄付してもいいと思っています。

 

 そうですね。学生さんなどは内田さんの作品を見たいと思っても、なかなか香港のM+まで行くのは難しいですものね。大学など、いわゆる教育機関が縁のあるデザイナーや作家の作品をコレクションしていくという可能性についてはどのようにお考えですか?

 

内田 それについては反対ではないのですが、まとめて引き受けてくれたらと思います。2つ、3つ引き取ってコレクションするというのでは、意味がないと思うのです。

 

長谷部 内田とも以前から話をしていたんです。学校のような教育機関でしたら、アーカイブが散逸してしまうことは可能性として少ないでしょうし、教育にも活用できるのでいいと思っています。けれども、内田が言うように、2、3脚の家具を持っていたところで何ができるかというのは疑問に思うところです。やはりある程度の量が必要だと思います。

 

 日本には、デザインミュージアムと呼ぶに相応しいところがまだありません。

 

内田 ないですね。

 

 一時期、三宅さんがデザインミュージアムをつくろうというお話もされていました。私たちも長年デザインに携わってきた者として、日本のデザインアーカイブを次代に残し、日本にデザインミュージアムをつくる、ひとつのきっかけになればという思いからこの活動を始めました。

 

内田 いいことですね。当時、三宅さんは、とても熱心に話をされていましたね。僕も熱心にその話を聞いていました。

 

 

どのようなデザインミュージアムが理想的か

 

 三宅さんは当時、大きな建物をつくって、そこにアーカイブをコレクションしていくというようなことをイメージされていたと思います。その大きな建物の中がいくつか小さな部屋に分かれていて、内田さんの部屋、倉俣史朗さんの部屋というように、それぞれの部屋にデザイナーの方の作品が展示されているというようなことも考えられるかと思います。けれども、今の時代になかなかそういう大きな建物をつくるのは、予算的にも難しいと思います。たとえば、デザイナーの方々の事務所はとても素敵なので、そこを小さなミュージアムにして何らかの方法でそれらをつなぐということも考えられるかなとも思っています。内田さんはこういうデザインミュージアムがあるいいというような思いやお考えはございますか?

 

内田 今、突然、言われてもわかりませんが、おっしゃったような大きな建物の中にいくつか小さな部屋があって、その中のひとつに僕のものを展示するというのもいいかもしれないと思います。まずはみなでそれを話し合っていったらいいと思いますね。デザインミュージアムとは何かということを含めて。どういうものをつくったらいいか、おそらく僕の周りのみんなの頭の中にもそれぞれあると思うんですよ。

 

 先日、黒川雅之さんにお話を伺ったのですが、デザインの中でもインダストリアルデザインというのは基本的に用の美なので、それが動かずにただ展示台に置かれていても面白くないのではないかと。

 

内田 編集の仕方ひとつじゃないですか? 問題は、編集ですよ。

 

 はい、黒川さんもそういう工夫が必要だろうとおっしゃっていました。

 

内田 ただ、置いているだけではなくてね。上手く編集すれば、大きな価値が出ると思いますよ。

 

 グラフィックデザインのアーカイブに関してはまとまって大学や美術館、印刷所など、いろいろなところに保管されているようです。グラフィックと違って、家具などの立体物は場所をとるので保管する場合に不利だと思うのですが、物として残していくことの難しさということについては、ほかに何かあるでしょうか?

 

内田 やはりアーカイブをまとめていくという作業が一番難しいことだと思います。それを誰がまとめるかですよね。相当、問題点が多いですから。どうしたらまとめられるのかという、その大変さについては、みんなわかっていると思います。

 

長谷部 それから今の段階では、アーカイブの保管の方法もおそらく定式化していないのではないでしょうか?

 

 それも問題のひとつとして挙げられますね。

 

 

今の時代を切り取る雑誌をつくる

 

 私たちはこの活動を始めたばかりなのですが、もしも何かこういうこともしたらいいのでは、というようなご提案やご意見がございましたらと思います。

 

内田 なるべく早くやったほうがいいと思いますね。

 

長谷部 アーカイブの整理というのは、確かに今、やっておかなければいけないことかもしれませんね。手遅れになってしまいそうなものが、たくさんあるような気がします。

 

内田 今ならば、僕の周りにはアーカイブを持っている人が多いと思いますから。僕がこの本(『戦後日本デザイン史』みすず書房)を書いたのは、今、書いておかなければと思ったからです。実は昨年、雑誌をつくりたいから協力してくれないかといろいろな出版社に話を持ちかけたんですが、今は新しい雑誌をつくるのは難しいということで。

 

 どのような雑誌をイメージされていらっしゃるのですか?

 

内田 まさにその時代、そのものを表現する雑誌です。言葉で伝えるだけでなく、ビジュアルとしても、作品としても見ることのできるものです。デザインの出来事というのは、時代の流れの中であっという間に世間から忘れ去られてしまいます。そのままにしていたらだめだと思って、とりあえずメモをとっていました。この本も、そのメモをもとに書いたのですが、たとえば、銀座松屋です。時代の節目にさまざまな重要な展覧会を行ってきました。特に1966年の「空間から環境へ」は、大変いい展覧会でした。絵画、彫刻、写真、デザイン、建築、音楽といったさまざまな分野の作家が、「デザイン分野の解体」というテーマのもとに、それぞれが作品を制作したんですね。作品同士は関係性を持ちながら配置されていて、手で触れると変化するという、従来にはなかった来場者参加型で、人と環境、デザインと人の生活といった、さまざまな問いを投げかけるものでした。1968年問題もデザイン史上、とても重要な出来事でした。反体制運動思想のうねりが世界中に自然と湧き起こって、工業化社会から情報化社会へと移行していった、時代のターニングポイントになりました。それをさらにデザインを通して見える形にしていったのが、イタリアで起こったラディカリズム運動です。というようなことが、デザイン界ではたくさん起きています。これほど大きな出来事ではないことのほうがたくさんありますね。

 

 

デザインの思想を残していくことが大事

 

 内田さんがつくられたいと思っている雑誌では、たとえば、世界デザイン会議が今、開かれたとしたら、ただそれが開催されたという出来事の紹介だけでなく、そこで何が問題となって、デザインというのがそこで何ができるかというような提議まで含めた情報発信をしていくということですね?

 

内田 そうですね。もう一歩、突っ込んだ内容にすることが大事だと考えています。振り返って、僕自身が深く突っ込めなかったと反省しているのは、70年代のインテリアデザインとファッションデザインの融合です。倉俣史朗さんと三宅一生さん、河崎隆雄さんと川久保玲さん、僕と山本耀司さんというように、その当時、インテリアデザイナーとファッションデザイナーが組んで新しい空間を生み出していきました。なぜそういう現象が生まれたのか。単にファッションとして綺麗だとか、華やかだったとか、それが空間としてどうだったということではなく、なぜそういう空間をつくらなければならなかったのか、社会は何を求めたのか。空間というのは、社会が求めた現れですからね。そういうようなことを網羅した雑誌というのがほしいですね。今は雑誌が雑誌でなくなっています。といって、昔の雑誌が素晴らしかったわけではないけれど、少なくとも今の雑誌よりは、時代背景と共にあった気がします。

 

 そういう意味では、70年代、80年代というのは、思想性のようなものがデザイナーにもありましたし、そういうことを認めてくれるクライアントもいました。今は市場主義で、金儲けをすることが一番の価値になっていて、思想性やこだわりのようなものが排除されているような状況にありますね。

 

内田 まずかったなと思うのは、思想としていろいろ残さなければいけなかった時期に、誰も何もやってこなかったということです。たとえば、東京デザイナーズ・スペース。当時の日本を代表するデザイナーがジャンルを超えて参加して、会が発足されてギャラリーがつくられました。1976年から約20年間も続きましたね。さまざまな展覧会が行われて、あれなどはまさに思想そのものだったと思うのですが、結局はただ寄り集まって、騒ぐようなものに終わってしまった。同じようなことがその後、ずっと繰り返されていて、今に延々とつながっているような気がしてなりません。

 

 今は雑誌が成立しにくい時代で、出版業界は苦戦を強いられています。情報はネットにすぐに上がるので、雑誌を買わなくても得ることができます。ですから、今、雑誌をつくるとなると、まったく違う何かを仕掛けていくものでないといけないと思いますし、内田さんがおっしゃるように、今、現場で起きていることをきちんと記録しておくということも大切だと思います。昔はいろいろなムーブメントが雑誌の中からも生まれてきました。もしかしたら、そういったことを今の時代の視点でまた新たに仕掛けられるかもしれませんね。本日はどうもありがとうございました。夏ぐらいからWebを立ち上げていく予定でおります。

 

内田 いいですね。このことはとても大切なことですから、協力できることはしますから、ぜひやってください。

 

文責:浦川愛亜

 

内田繁さんのアーカイブの所在

問い合わせ先 

内田デザイン研究所 http://www.uchida-design.jp

どうなっているの?
この人たちのデザインアーカイブ

What's the deal? Design archive of these people

プロダクトデザイナー

渡辺力   1912年生まれ*

剣持勇   1915年生まれ*

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長大作   1921年生まれ*

水之江忠臣 1921年生まれ*

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栄久庵憲司 1929年生まれ*

木村一男  1934年生まれ

黒川雅之  1937年生まれ

川上元美  1940年生まれ

喜多俊之  1942年生まれ

水戸岡鋭治 1947年生まれ

藤江和子  1947年生まれ

川崎和男  1949年生まれ

宮城壮太郎 1951年生まれ*

 

 

グラフィックデザイナー

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亀倉雄策  1915年生まれ*

粟津潔   1929年生まれ*

永井一正  1929年生まれ

田中一光  1930年生まれ*

勝井三雄  1931年生まれ

福田繁雄  1932年生まれ*

杉浦康平  1932年生まれ

中條正義  1933年生まれ

石岡瑛子  1938年生まれ*

浅葉克己  1940年生まれ

松永真   1940年生まれ

佐藤晃一  1944生まれ*

井上嗣也  1947年生まれ

八木保   1949年生まれ NEW

秋田寛   1958年生まれ*

インテリアデザイナー

倉俣史朗  1934年生まれ*

北原進   1937年生まれ*

大橋晃朗  1938年生まれ*

内田繁   1943年生まれ*

杉本貴志  1945年生まれ

植木莞爾  1945年生まれ

北岡節男  1946年生まれ

 

テキスタイルデザイナー

粟辻博   1929年生まれ*

 

CI

中西元男  1938年生まれ

 

デザインミュージアム・デザイン機関

DNP文化振興財団

国立近代美術館工芸館

JIDAデザインミュージアム

富山県立新近代美術館

金沢工業大学建築アーカイヴス

柳宗理デザイン研究所 NEW

トヨタ博物館

 

調査対象については変更する可能性もあります。

調査対象(個人)は、2006年朝日新聞社刊『ニッポンをデザインしてきた巨匠たち』を参照し、すでに死去されている方などを含め選定しています。

*は死去されている方です。