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日本のデザインアーカイブの実態調査

どうなっているの?この人たちのデザインアーカイブ

DESIGN ARCHIVE

秋田寛

グラフィックデザイナー

 

インタビュー:2016年10月17日(月)16:30~18:00
取材場所:アキタ・デザイン・カン
取材先:鈴木里子さん
インタビュアー:関 康子、涌井彰子/ライティング:涌井彰子

PROFILE

プロフィール

グラフィックデザイナー
1958年 兵庫県生まれ。
1981年 東京造形大学ビジュアルデザイン科卒業。
1982年 田中一光デザイン室入室。
1991年 アキタ・デザイン・カン設立。
1998~2012年 東京造形大学にて教鞭をとる(2004年より教授)。
2012年 脳腫瘍のため逝去。享年53歳。

秋田寛

Description

前書き

2012年10月、53歳という若さでこの世を去ったグラフィックデザイナー、秋田寛。東京造形大学卒業後、田中一光のもとで研鑽し独立した秋田は、ブックデザイン、ポスター、パッケージ、ロゴ、サイン計画など、あらゆるジャンルのグラフィックデザインを世に送り出した。日本グラフィックデザイナー協会(JAGDA)新人賞を皮切りに、東京アートディレクターズクラブ原弘賞、日本パッケージデザイン大賞(銀賞)、ニューヨークADC(銀賞・銅賞)、ほか数多くの賞の受賞を経て着実に実績を積み上げ、今後さらなる活躍が期待されているなかでの早逝であった。
強い色彩と、それを引き立たせる空間のバランスを駆使し、シンプルかつ明快に表現する秋田の作風は、しばしば「ダイナミック」「正統派」と評される。そう印象づけるのは、表層的な色彩や造形では成し得ない、真正面からダイレクトに伝わるメッセージ性の強さにある。持ち前の鋭い洞察力と柔軟な発想力により、様々な角度からのアプローチから思考を繰り広げ、そこから生まれるいくつものアイデアの中から常に「絶対解」を追求する。それが秋田のスタンスであり、説得力のある作品を生み出す源泉でもあった。

こうした秋田の能力は、同じくシンプルな発想から斬新さを追求する三宅一生のデザインとの仕事でも大いに発揮され、「ISSEY MIYAKE」「PLEATS PLEASE」「A-POC」など、数多くのイッセイブランドの展示会ポスターを生み出した。「なんなの? A-POC MIYAKE ISSEY+FUJIWARA DAI展」(2003)では、両面刷りのポスターの表と裏に、服と文字の正面と背面をそれぞれ配することで、三宅が一貫して提唱してきた「一枚の布」の概念を「一枚の紙」のなかで表現している。
また、立体・空間をとらえる能力が際立っていた秋田は、建築家からの信頼も篤く、多くの建築関係の書籍やポスターのデザインを手掛けた。なかでも建築とデザインの専門ギャラリー「ギャラリー・間」との関係性は深く、1985年の開館時は田中氏のスタッフとして、2000年から2010年は田中氏からバトンを渡される形で展覧会告知ポスターをつくり続けたのである。
さらに、多くの仕事を精力的に行う傍ら、1998年から母校である東京造形大学で教鞭をとり、後進の育成にも熱心に取り組んだ。著書『デザインの本の本』(ピエブックス,2007)では、デザイン初心者に勧めたい本や、自らが影響を受けた本など計833冊の本を選んで解説し、若手の創造力を培うヒントとなる一冊にまとめあげている。

Masterpiece

代表作

 

<ポスター>

ギンザ・グラフィック・ギャラリー「Shinichiro Arakawa」(1997)
「なんなの? A-POC —Miyake Issey + Fujiwara Dai—」展(2003)
「PLEATS PLEASE ISSEY MIYAKE New Basics」(2004)

 

<ブックデザイン>

『ルイス・バラガンの建築』(1992・TOTO出版)
『建築MAP東京』(1994・TOTO出版)
『篠原一男』(1996・TOTO出版)
『ル・コルビジェの全住宅』(2001・TOTO出版)
『清家 清 ARCHITECT KIYOSHI SEIKE 1918-2005』(2006・ 新建築社)

 

<ロゴタイプ・シンボルマーク>

「AOKI」(2005)
「四季劇場」(春・秋 1998, 夏 2009)
「JOCA」(2000)

 

<パッケージ・SPツール>

「モリサワフォント」パッケージ(2007, 2008)

 

<サイン計画>

「PARK HYATT SEOUL」(2005)*
「ハイアットリージェンシー京都」(2006)*
*サインデザインは藤田克美との協働

 

<著書>

『デザインの本の本』(2007・ピエ・ブックス)

秋田寛作品

Interview

インタビュー

社名の継承とアーカイブの現状

 仕事では編集者として、プライベートでは妻として秋田さんを支えてこられた鈴木さんに、秋田さんの遺されたデザインアーカイブの現況と、それらを今後どのように維持されていくかについて、お話をうかがいたいと思います。秋田さんがお亡くなりになって4年になりますが、現在、事務所はどのようになっているのでしょうか。

 

鈴木 当時のスタッフは、独立したり別の事務所に移ったりしていますが、「アキタ・デザイン・カン」は、現在も法人としてあります。定款に私の仕事内容を加えることで会社を続けてはどうか、と税理士さんにアドバイスをいただいたので。

 

 すると、メインの事業は鈴木さんご自身のお仕事で、秋田さんに関係した依頼も受けていらっしゃるということですか。

 

鈴木 そうですね。秋田が他界してから半年近くは、スタッフが残って、抱えていた大きな仕事の区切りをつけてくれたんですが、ありがたいことに今も継続して仕事の依頼をいただくことがあるんです。そういうときは、チーフデザイナーだった人に連絡してお願いしています。

 

 会社名を残したいと思われたきっかけは?

 

鈴木 はっきりとは答えるのは難しいのですが、やはり若くして亡くなったということがあります。もっと高齢であったら、事務所を残す残さないはまったく気にしなかったと思うんですが。それと「アキタ・デザイン・カン」という名前を残したら秋田さんが喜ぶと思うよ、と税理士さんから言われたのがうれしかったということかなと。

 

 秋田さんは、幅広いカテゴリーのグラフィックデザインを手がけられていましたが、作品になる前のスケッチなども含めて、どのようなものが残されているんでしょうか。

 

鈴木 エディトリアルデザインが多かったので、仕事のあがりとして挙げると、書籍、雑誌、ポスター、パッケージデザインが中心ですね。スケッチはスタッフに渡すためのものなので、自分がそれを残しておくという習慣はまったくなかったそうです。物が捨てられない人だったんですが、スケッチには執着がなかったんだな、と意外に思いました。

 

 書籍や雑誌だけでも膨大な量になると思いますが、どのように保管されているんですか。

 

鈴木 書籍や雑誌は、仕事のあがりのほかに掲載誌や、秋田が趣味で集めていた本などもあります。事務所内のスペースとは別に、マンション地下のトランクルームにTシャツやパッケージ系の現物、チラシ類、展示会出品作品、資料などを保管してあります。本は、自宅に事務所を組み込むときに大きく整理しました。大半は私が管理していますが、事務所のOB、OGはじめ縁ある方々に人にお譲りしたり、デザイン系の古書店に売ったりもしました。

 

 

残すものと託すものの選択

 

涌井 それでも膨大な量になると思いますが、残すものと残さないものの線引きは、どのようにされたのでしょうか。

 

鈴木 場所とお金に余裕があれば、全部残してあげたいけれども、優先順位を考えたら仕上がりのものだなと思いました。特に個人で保管するのが難しいのがポスターかと思います。マップケースの面積は、家庭に入るようなものではないので。でも、ポスターに関しては、大日本印刷のCCGA現代グラフィックアートセンターと、特種東海製紙が全部アーカイブしてくれているんです。それと、事務所から独立したデザイナーでマップケースを使うといってくれた人がいて、合わせてポスターも保管してもらっています。そのおかげで、ポスターは手元には残さないという決断ができました。特種東海製紙は書籍もアーカイブしてくれていていますし、東京造形大学の方でも書籍の大半を保存してくれています。

 

涌井 個人で保管するのは大変ですから心強いですね。現物のほかにも、パソコンなどにも膨大なデータや写真などがあると思いますが、それらはについてはどうなっていますか。

 

鈴木 秋田とスタッフのデザイナーとで、それぞれひとつずつハードディスクを持って共有していたので、仕事の情報はその中に一括してあるはずですが、まだ確認はしていません。写真はデジタルではなくてポジで撮ったものがたくさん残してあるのですが、何が写っているのかは見ていないんです。たぶん、出張に行ったときなどに撮ったものかなと思うのですが。

 

 ここまで整理されるのも大変だったと思いますが。

 

鈴木 もともと事務所は青山にあったんですが、秋田が病気になったときに自宅の近くに移転して、さらに他界してから今年になって自宅に組み込んで、というかたちで少しずつ整理することができました。時間が経ったからやろうと思えたんでしょうね。去年の春ぐらいまでは、自宅に組み込もうとはつゆも考えられなかったです。

 

 将来的には、これらのアーカイブをなんらかのかたちで、学生や一般の人に向けて広く公開するようなことは考えてらっしゃいますか。

 

鈴木 お別れの会のときに返礼品としてお配りした本(『秋田寛のグラフィックデザイン』グラフィック社, 2013)があるのですが、これは密葬が終わってから1カ月間でつくったものなんです。秋田が過去に寄稿した文章やインタビュー記事に全部目を通して、掲載するプロジェクトに合う言葉を抽出して当てはめていったので、これでひとつやりきったという思いがあります。

 

涌井 拝読しましたが、秋田さんのこれまでのお仕事が総括された本ですから、これがひとつのアーカイブになっているわけですね。現物に関しては、一般公開するというお考えはありますか。たとえば、プライベートミュージアムのようなかたちで残そうとか。

 

鈴木 去年、親しい方から「箱根あたりの別荘を買って、秋田さんの仕事を見てもらえるカフェか何かをやったら」と言われたんです。でも、昔のものを見たいという人はもちろんいるけれども、そこまで来てくれる人がどれだけいるか、となると難しいですよね。やっぱりデザインというものは生きているものなので。事務所には保存用として残していた仕上がりの本が何部もあったのですが、それを開く機会がなければ、そこにあってもないのと同じだと思ったんです。ですから、私の仕事に使えるものや、秋田が大好きだったものを優先的に残して、あとは読みたい人の手に渡ることが本のあり方としては正しいと思えたので、古書店に渡すときにもストレスは感じませんでした。

 

 

生きたデザインを残すミュージアムとは

 

 たしかに、デザインはアートとは違ってあくまでも実用品ですから、使われることによって命が吹き込まれるものですよね。これまでのインタビューでも、みなさんおっしゃるのは、収集して死蔵品になっては意味がない、将来に役立ててほしい、ということでした。

 

鈴木 それと、アートの世界だと個人でコレクションしたものを見せたいから、規模が小さくてもミュージアムにする、というのがありますよね。一方でグラフィックデザインは、コレクター気質にうまくはまらないような気がするんです。秋田の本を古書店に売るときに、デザイン系の書店をやっている友人から、アート系の本は作品集のコレクターがいるけれども、グラフィックはそこの層が薄いと言われたのですが、たしかにそうだなと。そこが難しいですよね。

 

 コレクター層が薄いというのは、そうかもしれませんね。ただ、デザインは社会や産業と密接な関係があるので、そういう意味では時代を映す鏡でもあるわけですよね。ですから、それを後の世に残していくことはとても重要だと思うんです。

 

鈴木 そうですよね。そこは編集の仕方というか、キュレーションのやり方になるのかなと思います。このあいだ、V&A(ヴィクトリア&アルバート)博物館の日本館を取材したのですが、そのときはゴシックロリータの女の子の隣にキティちゃんがいて、炊飯器があって、という展示でした。そこから文脈を読み取ることは難しいし、日本のプロダクトというものを伝えるのに充分な展示のあり方を考えさせられました。では、何が正解なのかということは、アートでもデザインでも同じように美術館が抱えている課題だと思うんですが、プロダクトは山ほどあるので、どれを選んでいくのかというのが特に難しいのでしょうね。

 

 日本でもデザインミュージアムをつくろうという動きがありますが、それについてはどう思われますか。

 

鈴木 日本にデザインミュージアムがあるといいなとは思うのですが、国や政府に頼るとなかなか実現できない気がするので、ロンドンのデザインミュージアムのように、テレンス・コンランのような強力な財力をもった人が主力となっていく方が現実的なのかなとも思います。

 

 かたちを展示しただけでは、それは生きたデザインではなくて死骸も同然だというようなことを、黒川雅之さんもおっしゃっていました。佐藤卓さんがやっている「デザインの解剖」だとか、社会と連動させながら見せていくとか、そう言った見せ方が大事だと思うのですが、たとえばポスターの場合はそういうことは可能なんでしょうか。

 

鈴木 どうでしょうね。商業用のポスターと作品のようにつくっているものでは違うでしょうし、ものによるのかなとは思います。たとえば、田中一光さんのポスター展も、企業のものばかりが並んでいてもおもしろいのかというとそうではなくて、そこに花鳥風月などが入っているからおもしろいのかなという気もするので。見ておもしろいかという点では、時代に寄り添っているもののおもしろさと危うさみたいなものがあるのかなと、今のお話をうかがって思いました。

 

 グラフィックの場合、デジタル化が進んで紙媒体がどんどん減っていますよね。そうなると、今後、グラフィックデザインのアーカイブのあり方も、ある臨界点を超えると大きく変わっていくと思うのですが。

 

鈴木 グラフィックは、デジタル化されやすいものだという感じはしています。本はまた違いますが、ポスターなどはそれを映すプロジェクターがあれば、省スペース化できるというメリットはありますよね。紙などの質感ということよりも、残すことを優先的に考えるのであればそっちかなという気はします。

 

涌井 今はとにかく捨てずに、何らかのかたちで整理整頓して取っておいて、次の時代に伝えていくというのが重要ですよね。

 

鈴木 そうですね。

 

 今後、また動きがありましたら、ぜひお話をうかがわせていただきたいと思います。本日は、ありがとうございました。

 

 

文責:涌井彰子

 

秋田寛さんのデザインアーカイブの所在

デザインアーカイブに対するお問い合わせは、
NPO法人建築思考プラットフォームのウェブサイトからお問い合わせください。

http://npo-plat.org

どうなっているの?
この人たちのデザインアーカイブ

What's the deal? Design archive of these people

プロダクトデザイナー

渡辺力   1912年生まれ* NEW

剣持勇   1915年生まれ*

柳宗理   1915年生まれ*

長大作   1921年生まれ*

水之江忠臣 1921年生まれ*

近藤昭作  1927年生まれ

栄久庵憲司 1929年生まれ*

木村一男  1934年生まれ

黒川雅之  1937年生まれ

川上元美  1940年生まれ

喜多俊之  1942年生まれ

水戸岡鋭治 1947年生まれ

藤江和子  1947年生まれ

川崎和男  1949年生まれ

宮城壮太郎 1951年生まれ*

 

 

グラフィックデザイナー

原弘    1903年生まれ*

亀倉雄策  1915年生まれ*

粟津潔   1929年生まれ*

永井一正  1929年生まれ

田中一光  1930年生まれ*

勝井三雄  1931年生まれ

福田繁雄  1932年生まれ*

杉浦康平  1932年生まれ

中條正義  1933年生まれ

石岡瑛子  1938年生まれ*

浅葉克己  1940年生まれ

松永真   1940年生まれ

佐藤晃一  1944生まれ*

井上嗣也  1947年生まれ

八木保   1949年生まれ

秋田寛   1958年生まれ*

インテリアデザイナー

倉俣史朗  1934年生まれ*

北原進   1937年生まれ*

大橋晃朗  1938年生まれ*

内田繁   1943年生まれ*

杉本貴志  1945年生まれ

植木莞爾  1945年生まれ

北岡節男  1946年生まれ

 

テキスタイルデザイナー

粟辻博   1929年生まれ*

 

CI

中西元男  1938年生まれ

 

デザインミュージアム・デザイン機関

DNP文化振興財団

国立近代美術館工芸館

JIDAデザインミュージアム

富山県立新近代美術館

金沢工業大学建築アーカイヴス

柳宗理デザイン研究所

トヨタ博物館

 

調査対象については変更する可能性もあります。

調査対象(個人)は、2006年朝日新聞社刊『ニッポンをデザインしてきた巨匠たち』を参照し、すでに死去されている方などを含め選定しています。

*は死去されている方です。